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不妊治療(ART)に対しての泌尿器科の役割〜精子力の改善〜

[2021.05.10]

現在何かしらの不妊治療を行っているカップルは5組に1組とも言われ、不妊に悩んでいる女性は3人に一人とも言われています。女性の初婚年齢も上がり、晩婚化に伴い不妊治療を意識するカップルは年々増加傾向にあります。菅首相になってからの政策で2022年の4月から不妊治療の保険適用が開始されることもあり、今後はより不妊治療が進んでいくと思います。なお、この内容は2020年12月に発売された泌尿器科雑誌「臨床泌尿器科」からの内容を抜粋し、最新の文献から情報を得て執筆しております。当院では不妊症の治療は行っておりませんが、泌尿器科として男性不妊というものもありますので、当院のホームページにて解説していきたいと思っております。

繰り返しになりますが、当院においては不妊治療は行っておりませんので、ご了承ください。

◆目次◆

1 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)
 1.1 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)とは
 1.2 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の社会からのサポート体制
 1.3 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の適応
 1.4 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の今後の課題
  1.4.1 少子高齢化について
  1.4.2 配偶子提供について
2 精子力について
 2.1 精子力とは
 2.2 家庭で精子力測定
 2.3 加齢と精子力
3 造精機能(精子力)に影響を与えるもの
 3.1 精索静脈瘤
 3.2 メタボリックシンドローム
 3.3 薬剤
 3.4 尿路感染症
 3.5 精子力、造精機能を高めるためにできること

1 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)

1.1 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)とは

女性の初婚平均年齢は、この四半世紀で25歳から30歳と約5歳も上昇しました。若い世代における収入や社会的状況が早くに結婚して安心して子どもを産んで育てられる環境ではなくなってきていることが大きな要因となっているように思います。不妊症の定義は努力しても1年以上にわたり子どもを授かることができないカップルということですが、晩婚化に伴い男性、女性ともに生殖能力は低下してくるので、より不妊症の問題が浮き彫りになってくると言えます。
不妊症の3大原因は排卵因子・卵管因子・男性因子と言われていますが、更に年齢の因子が加わることによってより不妊になりやすくなっていきます。現在わが国における不妊治療としては体外受精と卵細胞質内精子注入方(ICSI)いわゆる顕微鏡受精が代表的な生殖補助医療とされています。
妊孕率(にんようりつ:妊娠しやすい率)から見ても20歳から24歳までを100%とすると、35歳から39歳が70%、40歳から44歳が40%、45歳から49歳だと5%と、特に40歳以降は急激に下がるので、なるべく早い時期に治療に取り組んだ方が良いでしょう。

1.2 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の社会からのサポート体制

生殖医療はチーム医療であって、それに関わる職種は医師、コーディネーター(主に看護師)、胚培養士、カウンセラーがいます。これらの複数のスタッフがトータルでサポートしていくことになります。各自治体からも不妊治療費の助成事業を行なっていて、具体的にはART(生殖医療)の治療を受けたカップルには上限30万円とする特定不妊治療費の助成が行われています。また、男性不妊治療に対しても精巣上体から精子を採取する手術を行った場合には令和3年からは上限30万円とする助成金があります。以前まであった所得制限も解除されるなど、少子化が加速しているわが国においては以前にも増して整備されてきているのではないでしょうか。

1.3 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の適応

ART(生殖医療)が適用となる原因は大きく分けて、以下のものが挙げられます。

  • 卵管因子 女性が性病であるクラミジア感染などで卵管に癒着したり閉塞したりしている場合。
  • 男性因子 男性による原因。泌尿器科の原因のものもあれば、それ以外の場合もあります。後述します。
  • 免疫因子 女性側に精子不動化抗体や抗精子抗体(精子の運動を止めたり、障害する抗体)がある場合。
  • 原因不明の因子 1年以上妊娠せず、様々な検査をしても異常がなく特定される原因が不明である場合。

1.4 不妊治療・生殖補助医療(ART assisted reproductive technology)の今後の課題

1.4.1 少子高齢化について

2021年5月5日の「こどもの日」に総務省から公表された15歳未満の子どもの推計人口が40年連続の減少となったことは最近のニュースとしても大きく取り上げられていました。1995年以降、65歳の人口の割合が子どもの割合を上回る状態が続いています。先述したように、現在の社会は若い世代の低賃金の給与や出産、子育てに対するサポート面などにおける社会環境の不全から未婚や晩婚化が加速しています。このまま少子高齢化が続けば、日本の人口が減少し日本が衰退してしまいます。このような状況下において今後はますます不妊治療(ART)の役割は重要であり、積極的に取り入れていくべきものだと思います。

1.4.2 配偶子提供について

我が国では卵子提供や精子提供、代理出産を行っていませんが、容認している国があるため外国に行って子どもを授かり帰国する例があります。倫理的な観点からの批判もありますが、高額な費用を要するこれらの行為はお金があるからできるのだという妬みからも批判されることが多いのです。ですがこれらの悩みは実際に体験しなければわからない思いもあり、一方的に批判される状態には疑問を感じます。これからは一つの選択肢として日本ではまだ法整備が整っていない代理母出産などに対して、あらゆる可能性に関して法的にも議論されるべきであり、サポートするべき問題なのではないでしょうか

2 精子力について

2.1 精子力とは

精子力とは男性の造精機能を図る尺度であります。つまり男性がちゃんと妊娠させられるかどうかというのが精子力です。指標として主に使われるのが精子濃度、精子の運動率、正常形態の精子率、などで、これらは精液検査で測定することが可能です。最近では造精機能障害など男性不妊の比率が高まっているため、今後はより精子力というものが注目されてくると思います。

2.2 家庭で精子力測定

上述したように不妊は男性因子も見過ごせない状況であるのに、まだ不妊は女性の問題であるとか、自分には関係ないと思っている男性が多いです。また多忙であるとか、恥ずかしさを理由に専門のクリニックや病院を受診しない男性が多いのも事実です。そこで今では家にいながら精液検査ができるアプリが注目されています。「Seem」というアプリはスマートフォンに専属の顕微鏡レンズを用いて自分の精液の動画を撮影することで1〜2分で精液の状態をチェックすることができます。
男性の精液所見というのは後述しますが、生活習慣などで変わってくるので、このようなアプリを使って精液所見が改善したとわかると、本人のモチベーションが上がりますし、女性だけに負担がかかっていた不妊治療、妊活というものを積極的にカップルで一緒に取り組むきっかけにもなると思います。このようなセルフチェックできるアプリは今後の妊活においても有用なのではないでしょうか。

2.3 加齢と精子力

加齢で卵子が減少し、女性の妊孕性が低下することは知られていますが、精子の力も同じように老化していきます。やはり女性と同じ35歳という年齢が一つの区切りになってきます。35歳以降は卵子ほど劇的ではないですが、精子も老化すると考えられているので男性も精子力をチェックすることが大切です。男性の加齢によってDNAの損傷や遺伝子に傷がつく精子の割合が高くなるので、45歳以上になると自然妊娠の可能性も低下し流産率が高くなるということが最近の研究でも報告されています。

3 造精機能(精子力)に影響を与えるもの

男性の不妊原因の多くは特発性(原因がわからないこと)であり、生活習慣や食生活、複合的な要因が合わさって精子力が低下し、不妊に繋がっていると言われています。ここでどういうものが不妊の原因となるか一つ一つ意識しておくといいでしょう。

3.1 精索静脈瘤

男性不妊の原因の多くは特発性とはいいつつ、唯一精索静脈瘤というのは男性不妊の4割を占める一番大きな原因です。精索静脈は腎静脈に戻るのですが、解剖学的に左側の腎静脈からの血流が逆流しやすくなります。血液ご逆流することで左の精索静脈が瘤のように腫れてきます。精索静脈が腫れることで血流が多くなり精巣の温度が上昇し精子が死滅します。また静脈が鬱滞することで低酸素状態になることで精子が死んでしまうと言われています。
精索静脈瘤というのは睾丸に痛みや違和感を伴います。精索静脈瘤を外科的に手術することで精液所見が改善されると言われていて、ある論文では5471症例の集計で手術により精液所見が57%改善し、妊娠率が36%改善したという報告もあります。
精索静脈瘤は超音波検査で明らかになります。ただし、精索静脈瘤があるからといって必ずしも不妊になるとは限らないので、不妊の原因として該当したり、痛みや違和感が取れない場合に手術をすることをすすめています。当院でも精索静脈瘤の検査はしておりますし、専門の病院への紹介もしております。

3.2 メタボリックシンドローム

メタボリックシンドロームは内臓脂肪が溜まった状態でかつ脂質異常症とか高血圧とか糖尿病が併せ持つ生活習慣病として最近注目を集めています。メタボリックシンドロームから不妊に繋がる原因としては内臓脂肪の蓄積から陰嚢内の温度が上昇し精子が死滅してしまうことが考えられます。また、糖尿病からテストステロンが減少し精子濃度や精子の数が減少するとも言われています。同様に脂質異常症もコレステロールが高くなることで精子の運動率が低下し、精子の数が減少するということも最新の論文で報告されています。高血圧と造精機能についても同様のことが言われています。これらのことから、妊活をしようとする男性は自身の生活習慣を見直して、メタボリックシンドロームにならないように気をつけることが大切です。

3.3 薬剤

抗がん剤は基本的に癌細胞と同様に精子の元となる精原幹細胞が障害を受けることから、造精機能が障害されて精子がなくなってしまいます。この障害は可逆性であって、抗がん剤を使わなくなれば戻ります。一般的には2年間で50%戻り、5年間で80%程度回復すると言われているのですが、障害が強い場合は不可逆的変化が生じる可能性が出てきます。このことから抗がん剤の使用が造精機能に与える影響は絶対に大丈夫だと言い切れないため、抗がん剤を使う場合には常に無精子症になる可能性があるということを認知し、戻らない可能性もあるということを理解した方が良いです。

3.4 尿路感染症

精巣、精巣上体、前立腺に感染があることで造精機能が障害されて不妊症になることもあります。男性不妊のうち10%が尿路感染症によるものだとの報告もあります。尿路感染症の場合、ほとんどが無症状のためわかりにくいのですが、不妊の検査等でバイ菌が出た場合は抗菌薬や抗生剤の投与が必要となります。

  • 感染により精子や精巣上体の機能が失われてしまう。
  • 精巣上体管、射精管といった精子の通り道が閉塞してしまう。
  • 炎症によって酸化ストレスで精子に障害を与えてしまう。

この3つが主な不妊の原因と考えられています。

3.5 精子力、造精機能を高めるためにできること

不妊症の原因が特発性のものであることが多いことから、以下のような日常の生活習慣や食材などにも注意を払って、一つ一つ改善していくことが精子の造精力を高めていくことにつながります。

生活習慣における注意点
  • 喫煙、過度の飲酒を避ける。
  • 肥満や運動不足にならないようにする。
  • 十分な睡眠をとる。
  • 長時間座ったままだと陰嚢濃度が上昇するので避ける。
  • 陰嚢を定期的に冷却する。
  • 長期間の禁欲は精子濃度を高めますが、精子の運動率が低下してしまいます。
  • 最近では電磁波も精子に悪影響を与えると報告されています。

また、カフェインに関しては現在のところはっきりとした影響はわかっていません。

精子に影響を与える食材
  • 魚や貝類、ナッツに多く含まれるオメガ3脂肪酸は精子形成に良い影響を及ぼします。
  • 抗酸化作用のあるビタミンCやビタミンEを多く含む野菜や果物も精子の劣化を防ぎます。
  • 亜鉛は男性ホルモンに有益に働く栄養素でカキや納豆などに多く含まれています。
  • 高脂肪、加工された肉類、生成された小麦や甘い飲料などには精液所見の低下に関わると報告されているため過剰に摂取することは控えましょう。

これらを参考に造精力を改善させていきましょう。当院では不妊治療は行っていませんが、保険診療での精索静脈瘤の診断は可能ですし、適切な病院への連携も行っております。また一般的な指導はできますので気になることがございましたら相談してください。

この記事を執筆した人
伊勢呂哲也

日本泌尿器科学会認定・泌尿器科専門医
名古屋大学出身
年間30000人以上の外来診察を行なう。
YouTubeでわかりやすい病気の解説も行なっている。

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